熊の敷石/堀江敏幸(2000年下半期受賞)


フランスを舞台にした、まるでミニシアター系のフランス映画のような作品。淡い色彩でノルマンディーの農村風景を綴った映像が目に浮かぶような、静かで何も起こらない物語です。森ガールやカメラ女子な感じの方々にぴったりの作品だと思われます。良い意味で。


「熊の敷石」というのはフランス語のことわざらしいのですが、このような随所に入る村上春樹的な挿話が、へぇーそうなんだ~と興味を引くものが多く、文体が翻訳調で淡々としているためか、この手の作品にありがちな、(村上龍的に言えば)ペダンチックな嫌味さはなく、ガリ勉して詰め込んだ知識ではない、まさに「教養」という言葉が似合う上品さが、知的な空気感を演出しています。

ただし、この作品にストーリーは期待しちゃいけません。いくつかのショートエピソードで構成されていますが、何かしら熊が出てくる話、という以外は、特に強い関連性はなく、伏線でもなかったりします。

この点をもって、選考委員の宮本輝さんあたりからは酷評されています。

中身がないし、物語として成立していない、薄っぺらいと言えば確かにそのとおり。

でも思想、信条、哲学、教訓を示唆する波瀾万丈なドラマがなければ、小説として価値がないのかというとそれも違うように思います。

この作品のように、文章を使って、まるで映画のような空気感を生み出すというのも、一つの芸術の形態としてはありなんじゃないでしょうか。

もちろんその空気感をまといつつ、素晴らしいストーリーが展開されればなおよしですが、私はその片方だけでも結構楽しめました。

ただ、フランスの田舎町を舞台にしつつ、日本人が主人公というのは、日本の小説では当然よくある設定ですが、欧米コンプレックスまる出しで、やや気恥ずかしい感じもしました。

例えば、これが韓国人作家の作品で、主人公が韓国人だったらどうでしょうか。

なんとなく感じるこの居心地の悪さは、たぶんフランス人がこの作品を読んだら、主人公が日本人であっても韓国人であっても同じような感想を持ちそうな気がします。

しかし、悔しいけど、やっぱり日本人はフランスの田舎町が好きで、そこで暮らすように旅することに憧れていたりもして、あまり認めたくはありませんが、この小説の魅力の半分ぐらいはその点のような気もします。

正直、個人的には好きな雰囲気の作品なので、芥川賞受賞作じゃなければもっと素直におしゃれ小説として読めるのになあ、と逆説的な気分になりました。


↓アマゾンのレビューではおおむね好意的というか、普通の感じ。
熊の敷石/堀江敏幸

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