聖水/青来有一(2000年下半期受賞)


長崎にあるかつての隠れキリシタンの集落を舞台にした物語。とても興味深いテーマで、遠藤周作なんかを思い出す雰囲気ですが、キリスト教というより長崎という土地を描くことに重点が置かれているのが特徴的で、へえーと思うことがたくさんありました。

物語としてはちょっと要素が多すぎる印象で、聖水と称してミネラルウォーターを販売する佐我里さんは教祖みたいで胡散臭いね、という話と、その聖水をありがたがって飲む老父が死ぬ時はオラショ(隠れキリシタンの賛美歌)で送ってほしいと願う話と、その父が経営する会社の後継者を佐我里さんにしてもいいのかという話と、佐我里さんの下で働く女の子と恋仲になってしまう話が詰め込まれています。

死期の近い父が隠れキリシタンのオラショで送ってほしいと願ったり、効能の怪しい聖水を飲んだりというのは、それが正しいことかどうかは問題ではなく、自分の死への不安を和らげてくれるのであればそれでいいじゃないか、というのはよく理解できました。

そこはいいのですが、佐我里さん自身のスタンスがあいまいなのがどうもすっきりしませんでした。

もちろん白か黒かという話ではなく、教祖のように崇める人にとっては教祖かもしれないし、懐疑的に思う人にとっては教祖ではない、それはあたかも聖水かもしれないし、ただの水かもしれないミネラルウォーターと同じ、ということなのでしょうが、少なくとも本人がどう思っているかは語ってほしいところ。

もちろん白か黒かは見る者によって変わるとしても、変わらない本質みたいなものを示してもらえると、散漫な印象の物語が一本の糸で繋がってハラオチできるのになあ、ともどかしく思いました。

もしかするとよく読むと、「変わらない何か」が描きこまれているのかもしれませんが、自分の読解力ではうまく読み取ることができず、全体としては面白かったのですが、その点がどうにも消化不良でした。

ちなみに、単行本には「聖水」のほかに、「ジェロニモの十字架」「泥海の兄弟」「信長の守護神」が収録されていますが、どれも長崎や九州を舞台にしていて、それぞれ結構面白かったです。

「信長の守護神」だけちょっとテイストが違っていてイマイチでしたが、「泥海の兄弟」はこちらが芥川賞受賞作でもおかしくないぐらい面白い作品でした。

ただ、面白い作品が受賞するとは限らないのが芥川賞。

むしろ、いかにも昔ながらの純文学チックなので、手堅すぎて逆にダメだったんだろうなと思います。手堅くて何が悪いと言いたくなりますが。

↓アマゾンでもかなりの高評価です
聖水/青来有一

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