父が消えた/尾辻克彦(1980年下半期受賞)


赤瀬川原平氏の別ペンネーム・尾辻克彦名義での純文学作品です。赤瀬川氏本人と思しき主人公が編集者とともに父のお骨を納める墓を探しに中央線で八王子まで行くちょっとした小旅行を描いた物語。

ストーリーとしては特に何もなく、墓地を見に行って帰るというだけのたわいのないものですが、道中で編集者を聞き役に主人公が父との思い出や思いついたことをダラダラと話をする内容がいちいち共感できることが多く、純文学というか随筆として面白く読める作品でした。

例えば冒頭で、三鷹駅からいつもは東京行きの電車に乗っているけど、たまに逆方面の八王子行きに乗ると嬉しくなってしまう、のようなくだりがあるのですが、このような普段はわざわざ着目しないけど、たしかになあと思える視点が短編の中にたっぷり詰め込まれています。

父の死とお墓という重々しいテーマも、オヤジの居酒屋トーク的な内容があるようなないような軽妙な語り口で、全く重々しくありません。

人間は意識のない赤ちゃんの状態で生まれて、だんだん意識がはっきりしてきて、また年をとって意識のない状態に戻っていくのが自然で幸せなこと、現世で経済的に成功した人ほど生にしがみついて自然な状態の死を受け入れられず苦労する、などなど、いかにもオヤジが言いそうな小市民的な話が途切れることなく続きます。

思いついたことを深く考えずに口にしている感覚は、現実にはよくあることですが、それが違和感なく活字になっているのがこの作品のすごいところです。

普通は活字にすると、誰も発想しないような着眼点でカッコいいことを書こう!みたいな気負いが生まれそうですが、それを見せることなく、それどころか脱力感たっぷりのオヤジトークに昇華させた赤瀬川氏の手腕はさすが。

しかし、純文学の体裁を取る必要があるのかどうかは微妙です。主人公はほぼ著者本人だとすると、もはやこれは随筆のほうがよいのではないかという気もしないでもないです。

いずれにしても面白く読める作品でした。

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